社会起業家ストーリー

~都市と農村の共生社会を実現する~ NPO法人えがおつなげて 代表理事 曽根原久司さん

社会起業家になるきっかけ

金融コンサルトとしてバブル時代の東京での活躍から一転、農村に移り住み、農村と都市が共生する新しい社会の可能性を発信しつづける曽根原さん。その活動のきっかけは、子供のころにまでさかのぼります。

はじめのきっかけは、長野県の農村で育った曽根原さんの家庭で、お母様が工場へパートに出るようになったときのことです。それまでの、農業を中心とした自給自足的な生活から、現金収入を中心とした生活へ変化したことに、子供心にも大きな違和感を覚えたそうです。時がたち、大学を機に上京した曽根原さんは、フリーター、コンサルティング会社への就職を経たのち、金融コンサルティング会社を設立しました。しかし、世の中がバブルの熱で盛り上がる中でも、その都会的ライフスタイルが持続的なものなのか、疑問を感じていたそうです。農村と都市のそれぞれに感じた違和感に対する曽根原さんの答えは、都市と農村の交流による共生でした。

ソーシャルチェンジをおこしたこと

1995年、曽根原さんはこの着想を実現すべく、生活拠点を東京から山梨県北杜市白州に移しました。まずは、農業や林業で、実際に生計をたてられるのか、身をもって実験をはじめたのです。新規就農ではありましたが、農家に育った曽根原さんは、すぐに農林業の経営を習得し、管理する農地や林野はみるまに増えていきました。自給自足の量をはるかに超える農産物や薪を生産するようになると、自ら広報活動として「南アルプスいなか新聞」を発行し、販路を拡大していきました。

また、「白州いなか倶楽部」という看板を掲げて、異業種交流会等の都市農村交流活動を本格化させ、都市と農村の双方に仲間を増やしていきました。その結果、2001年、都市と農村の共生社会づくりをミッションに掲げたNPO法人えがおつなげてを設立したのです。

曽根原さんの活動で大きな転機となったのは、須玉町役場(当時)の職員に声をかけられ、限界集落となった増富地区の遊休温泉施設「みずがきランド」を都市農村交流の拠点として管理を受託したことです。そのときの最大の課題は、NPO法人が農地を借りられないことでしたが、曽根原さんは、町、県と協働して、構造改革特区の申請を行い、規制緩和によりNPOとして農地を借りる環境を整えたのです。

農地は借りられるようになったものの、ほとんどが既に荒れた耕作放棄地になっていて、まずは、使える農地に戻す必要がありました。そこで、インターネット等を通じて、“開墾ボランティア”を募ると、まだ、農村でのボランティアが珍しかったこともあり、年間約500人もの都市住民が限界集落を訪れ、約3haの農地が蘇ったのです。

活動のインフラが整い、曽根原さんが新たなステップとして考えたのが、企業を顧客とした「企業ファーム」モデルです。このビジネスモデルは、企業に農村での体験やそこで採れる収穫物を提供し、企業が新商品や新サービスを開発・展開するための支援を行なうものです。その最初のモデルとなったのが、県内の製菓メーカーである「清月」でした。はじめは、社員研修として農業が取り入れられましたが、活動に参加した社員から、収穫した青大豆を使って新製品を作りたいというアイデアが出たのです。こうして開発された「豆大福」はヒット商品となり、曽根原さんにとっても、新しいビジネスモデルの確立に向け、手ごたえを感じることになりました。

「企業ファーム」がさらに拡大するきっかけとなったのは、2008年に三菱地所グループと開始した「空と土プロジェクト」でした。東京の丸の内エリアを拠点に不動産事業などを行なう三菱地所は、農村でのCSR活動に取り組むパートナーを探していたのです。まずは、社員向けの農業体験ツアーや森林体験ツアーを行ないましたが、ツアーに参加した社員は、農村から様々な課題や可能性を得ることになります。その気付きは、例えば開墾した農地で酒米をつくる「酒米作りツアー」となり、県内の酒蔵で仕込んだ日本酒が東京丸の内の飲食店で提供されたり、山梨県産の木材を使った、住宅用部材の新製品が開発され、県産材の活用に向けて、三菱地所グループ2社と山梨県、えがおつなげての4者が連携協定を結ぶなど、本業に結びつく取り組みが次々と生まれています。

これから

曽根原さんの取り組みが独自なところは、農村と都市のどちらか一方に肩入れするのではなく、バランス感覚を持って両者をつなごうとした点にあります。
曽根原さんは、日本という国が生き延びるために、同じような活動が、日本中に拡がって欲しいと願っています。そのためには、曽根原さんのように、都市と農村の双方を理解し、つなぐことができる人材が必要です。曽根原さんは、このような人材を「都市農村交流コーディネーター」と位置づけ、新たな担い手の人材育成に力を入れています。